◇◆◇ E型肝炎の歴史 ◇◆◇
 A型肝炎はこのウイルスに汚染された水や食物を介して感染します。このような口から感染する肝炎がA型以外にも存在することは、1955年から1956年にかけてのインド、ニュウデリーで起きた水道水の汚染によるとみられる急性肝炎の大流行のときに予想されていました。この時は二万九千人の市民が罹患したとされています。その後、1980年にはインドとカシミールで肝炎の流行があり、A型ではなくE型肝炎であろうと推定されました。E型肝炎は慢性化することなく治癒しますが、妊婦が感染すると劇症化して、死亡率も20%を越えるとされています。
◇◆◇ E型肝炎ウイルスを探索 ◇◆◇

E型肝炎ウイルスを探す努力が続けられ、1983年には患者の糞便をサルに接種し発病させ、肝炎回復期の患者の血清と反応させて、抗原、抗体反応を見ています。1990年には感染させたサルから電子顕微鏡でE型肝炎ウイルスが観察されています。1991年にはビルマの患者からウイルス遺伝子が分離され、この手法で北、東、中央アジア、西アフリカなどからE型肝炎ウイルスが次々と分離され、流行地としてインド、パキスタン、ビルマ、インドネシア、ロシア、クエイト、アルジェリア、エチオピア、チャド、スーダン、ソマリア、象牙海岸があげられます。さらに、1992年メキシコでこれまでとは違う遺伝子型が発見されました。1997年にはアメリカでこれまでのビルマ、メキシコでのとは異なる株がアメリカのブタとヒトから発見されました。1999年中国ではさらにこれまでの株と違う株が分離されました。ビルマで発見されたウイルス株をT型、メキシコの株をU型、アメリカの株をV型、中国のそれをW型と呼ぶことになりました。そのほか、イタリアなどヨーロッパからXからZ型、アルゼンチンから[型が分離されています。

◇◆◇ 先進工業国である我が国でも発見された。◇◆◇

 我が国のような先進工業国では流行地へ旅行した人以外にはE型肝炎の感染はないと考えられていました。多くの日本の医師はE型肝炎の名前は知っていても、自分の診療範囲では遭遇することはない、対岸の火事といった感覚でいたのは事実です。

1998年アメリカでブタに見られたのと同型のウイルスに感染した患者が認められ、2001年日本でも海外旅行の経験のない急性肝炎の患者からE型肝炎ウイルスが分離されたことが報告されました。患者は劇症化、死亡することもわかりました。これによりこれまで原因不明とされていた劇症肝炎の患者の一部はE型肝炎ウイルスの感染によることが明らかになりました。

◇◆◇ 当院の事例 ◇◆◇

当院でもE型肝炎が我が国で発見されたことを受けて、自治医大の真弓教授、岡本助教授の研究室に分析を依頼し、当院で死亡された劇症肝炎の患者さんがE型肝炎であったことを突き止めました。このことは岩手医大の二例の患者さんの事例と併せて、先進工業国でもE型の劇症肝炎があることの最初の報告として昨年10月、医学雑誌として最も著名なニューイングランド・ジャーナル オブ メディシンに掲載されました。

また、我が国でのE型肝炎は何時頃からあったのかを明らかにするため、1980年代の本院の患者さんの凍結血清をしらべました。数千本にものぼる血清のなかから宮本さんはじめ検査室みんなの大努力で、1980年に既に日本にE型急性肝炎が存在したことを明らかにすることができました。これも、ただちに著名英文医学誌に報告し、既に掲載されています。

 当院のE型肝炎症例・学会発表症例は下記の通りです。

(A)



表1 E型肝炎は20年前にもあった

 表1は1980年代に本院で経験されたE型急性肝炎の三人の患者さんの臨床データーです。このように、たいていのE型急性肝炎は短期間で治癒してゆきます。この成績はやはり先進工業国でのE型肝炎が1980年にも存在していたことを知ることができたという意義があり、この三人の患者さんの内の一人の方について英文誌(The Journal of Infectious Diseases)に報告いたしました。
図1 我が国で初めて確認されたE型劇症肝炎

 当院に入院されたE型劇症肝炎の患者さんの経過図です。

 以前からの肝臓病がない患者さんが、突然、黄疸、意識障害(肝性昏睡)、凝固能低下(プロトロンビン時間の延長)を示すときに劇症肝炎と診断します。この患者さんは病気の後半意識障害に加え抗生剤に耐性のあるMRSAの敗血症と肝腎症候群を合併されて死亡されました。
 今回、保存されていた血清の検査から、E型肝炎ウイルスの核酸が検出され、この劇症肝炎はE型肝炎ウイルスの感染によりひき起こされたことが確定しました。先進工業国でのE型劇症肝炎としては最初の例であることで、今後の注意を喚起するため、学会(第34回肝臓学会東部会)と英文誌(The New England Journal of Medicene )に報告しました。