肝炎ウイルスマーカーの歴史
〜第1回〜


 今回から4回に亘ってB型肝炎ウイルス(HBV)とC型肝炎ウイルス(HCV)の、ウイルスマーカーにつきまして、歴史を含めて概説することになりました。よろしくおつきあいのほどお願い申し上げます。

第1章 はじめに
 ウイルスとは

 つい先頃は頻りに鯉ヘルペスウイルスや鳥インフルエンザ問題がメディアを賑わせていました。昨年の中国、東南アジア諸国でのSARS(重症急性呼吸器症候群)騒ぎもまだ記憶に新しい状態です。さて、ここで基本的な疑問ですが、ウイルスとは一体どういったものでしょうか。言葉自体の意味は、元々はラテン語の毒を意味するVirus(ウィルス)からきています。しかし、その実態はどういうものでしょうか。何だか、漠然と病気を引き起こす疫病神みたいな存在とは思っていても、その全体像をきちんと把握している方は意外に少ないのではないでしょうか。ウイルスを理解するには、まず、生物の基本的な約束事を知っておく必要があります。我々人類も数々のウイルスも、遺伝情報を子孫に引き継いでいくということでは共通です。大きな違いは、我々が多細胞の集合体であるのに対して、ウイルスは細胞を持たず、自らの遺伝情報を他の生物(細胞)の力を借りて継承していくことです。

 生命の起源
 ウイルスと生命の話をするときに避けて通れないことは、進化の問題です。我々もウイルスも急に現在の状態でこの地球上に生まれ出たのではなく、長い長い進化の結果、現在の状態に至ったと考えられています。現在の最新の宇宙科学の知見から、宇宙は膨張し続けていることが検証、確認されています。膨張を逆に考えれば、最初は一点に収斂していくはずですから、約140200億年前にビッグバンが起こり宇宙が創世されたと考えられています。全ての時空間の始まりはそれからです。その後約46億年前に地球が誕生しましたが、そこにはまだ生命は存在しませんでした。見てきたわけではありませんが、46億年前の地球は陸も海もなく、高温でどろどろのマグマのような状態だったと考えられています。その後、地球が次第に冷えていく過程で溶けていた成分が分離し、鉄・ニッケルなどの重いものが沈み、水蒸気、窒素、二酸化炭素などの気体が放出されました。さらに冷却が進むと、地表が固体の薄い層で覆われるようになりました。これが地殻です。さらに気体が冷却されて水になり海が形成され、大陸と分かれました。生命にとって水は一番大切です。最初の生命現象はこの海の中でいろんな物質の化学反応からより複雑な物質が合成され、そこから複製、つまり子孫を増やす生命活動特有の現象が生じたと考えられています。これが今から約40億年前で、RNA(リボ核酸)での遺伝情報の継代といった形であったと言われています。この世界をRNAワールドと称しています。現在のRNAウイルスたちは極論すれば、その頃の生物の進化した末裔と言えます。しかし、RNAでの遺伝情報の継代は、読み間違いの多さからあまり得策ではありませんでした。これから、約38億年前にDNAで遺伝情報をやりとりするいわゆるDNAワールドが今に至るまで続いているのです。我々人類も、DNAウイルスもその進化の一形態です。約38億年間の生物の進化は、最初の単核生物から次第に多細胞の生物へ、さらに高等な生物の出現となり、恐竜時代を経て、今から約6500万年前に霊長類が現れます。そして、500万年前にチンパンジーと別れ、我々人類が誕生したと考えられています。

 人類とHBVとの共存共栄

 HBVの遺伝情報は既に全て解析されています。また、(人類を含む)霊長類だけではなく、鳥類や齧歯類(リスやネズミなど)にもHBVによく似たウイルス(HBVと総称してヘパドナウイルス)が存在し、その遺伝情報も詳しく検討されてきました。このことから、人類が霊長類から分化する以前からHBVとの関係は続いているのではないかとの推論があるほどです。我々とHBVとの関係はお互いを撲滅するほどの大喧嘩をせずに、共存共栄しながら約500万年に亘って比較的うまくやってきたのです。HBVのウイルスマーカーの発見と研究にはこのように研究以前の歴史がまずあるのです。

 一方HCV
 HCVの歴史はHBVのそれに比して遙かに浅いと考えられています。遺伝子解析から、日本へは主に19世紀の終わりに入り込み、20世紀の戦争での人心、生活の乱れから一挙に広がったと考えられています。非常に新しく広がったウイルスということです。

 次回は、ウイルス発見までの歴史を予定しています。

(小島 眞樹)