肝炎ウイルスマーカーの歴史
〜第4回〜


 この企画もいよいよ最終回を迎えました。今回は、現在話題のE型肝炎のお話をまず解説して、その後実際に診察にいらした患者さんにどのような肝炎の各マーカーをチェックしているのかを概説致します。

 今話題のE型肝炎

 約2年前、全国紙2紙の第1面にあいついでE型肝炎の話題が掲載されました。以前はインド、東南アジアなどのどちらかというと発展途上にある諸国の風土病と考えられていた病気でしたが、それがなんと日本国内で発症していたという記事でした。しかも死者まで出ていて、感染源に豚が有力視されているといったものでした。実は当院でも、今から22年前の原因不明の肝炎の患者さんの保存血清を調べたところ、E型肝炎ウイルスが検出されたのでした。これは日本国内の最も古くに感染の確認されたE型肝炎症例として、英文の一流紙に掲載されました。その後は猪肉、鹿肉の生食からの感染の報告が続いています。国内を始め、先進国でのE型肝炎の研究はまだ盛んに進められている段階ですが、我々はこのことから多くのことを学びました。第一は、従来事あるごとに言われてはきたことですが、常識を疑え、と言うことです。医学上の常識にも思わぬ盲点が潜んでいるものです。第二に、我々人間も確実に動物の一種として、他の動物たちと感染症を共有しているという事実です。豚、猪、鹿等人間が飼育している動物、野生の動物を問わず、どうもE型肝炎は人間と動物に共通に存在するらしいことが分かっています。第三に、E型肝炎は高齢者が罹った場合A型肝炎よりも高率に重症化するようです。しかしながら、豚肉を必要以上に恐れることはありません。BSE(狂牛病)の騒動以来、豚肉をむしろ好んで食べている方も居られるはずです。従来の加熱してきちんと調理する方法では心配はありませんのでご安心下さい。猪、鹿の肉もきちんと加熱調理しましょう。

 代表的マーカー

 実際の臨床の場で、どのようなウイルスマーカーを測定しているのかを概説します。

◆急性肝炎を疑う場合
 黄疸症状が出ていれば当然ですが、発熱、倦怠感、褐色尿(紅茶のような色の尿)などの、一見しただけでは風邪よりも少し症状の重いような方の中に、急性肝炎の患者さんが見つかることが多いのです。この場合、肝機能検査(GOT、GPT、γ―GTP、ビリルビン)の他に、A型肝炎、B型肝炎、C型肝炎の急性期を示すマーカーをチェックします。具体的にはそれぞれ、IgMHA抗体、IgMHBc抗体、HCV抗体を測定します。A型肝炎は急性肝炎しかありませんので、IgMHA抗体が陽性ならば、A型急性肝炎と診断します。IgMHBc抗体が陽性の場合には、B型の急性肝炎の可能性が高いので、さらにHBs抗原、e抗原e抗体、HBc抗体、HBVDNA量などの検査を追加して判断します。HCV抗体が陽性の場合は、HCVRNA量、ウイルスの型を測定して慢性肝炎との区別を慎重に行います。さらに当院では、E型肝炎の抗体の検査も行い、E型急性肝炎を見逃さないようにしています。

◆慢性肝炎を疑う場合
 A型の慢性肝炎は存在しませんので、B型慢性肝炎、C型慢性肝炎の区別を行います。慢性肝炎とは、6ヶ月以上の肝機能上昇を示した肝炎のことですので、もちろんウイルス以外の疾患を慎重に除外しながらB型、C型のウイルスマーカーのチェックをしていきます。HBs抗原が陽性で、肝機能の異常を伴うときにB型の慢性肝炎を疑います。さらに、急性肝炎の項目でも示したe抗原e抗体、HBc抗体、HBVDNA量などから、総合的に判断します。C型の慢性肝炎は、HCV抗体が明確に陽性(抗体価が高い)の場合に疑います。やはりHCVRNA量、ウイルスの型を調べて、治療の戦略を考えていくようにしています。

 急性肝炎と慢性肝炎の診断は極めて慎重にしております。なぜなら、慢性肝炎との診断は、病気と今後長くつきあう覚悟を必要とさせる面があるからです。患者さんに慢性肝炎であるとの病名の告知をするときには、慎重の上にも慎重にするようにしております。しかしながら、ウイルスマーカーのみではどうしても判断が困難な症例がありますので、その場合には肝臓の組織を一部とって顕微鏡で精査する、肝生検を勧める場合もあります。

 以上4回に亘って、駆け足で肝炎の研究の歴史に触れながら肝炎ウイルスマーカーについて解説して参りました。文章にする行為は怖いもので、読んでいるよ、等と言われますとうれしいやら、恥ずかしいやら、また、間違ったことを書いていないか心配になるやらの連載でした。研究は日進月歩です。再び解説の必要となる事態も生じてくるはずです。その時には再登場致しますので、ひとまずはこれにて終了です。
                                             (小島 眞樹)