1.日本のがん死亡の概観 |
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a.昨年の統計から 2005年の人口動態統計(推計値)が厚生労働省から昨年12月に発表されました。その数値を元にして日本の人口が減少に転じたと喧しい議論が巻き起こりつつあります。今回の話題は人口のことではありませんが、その数値を多少ご紹介してから話題を進めたいと思います。 2005年の出生数は106万7000人で1899年の統計を開始して以来の最低値です。一方死亡数が107万7000人であり、差し引き1万人の人口減少が生じることとなりました。死亡原因として1位がん(32万4000人)、2位心疾患(17万1000人)、3位脳血管疾患(13万2000人)でありました。ここでご紹介したように日本人の約30%ががんで亡くなっていることになります。その中で肝臓癌による死者は概ね3万人強ですから、がんの10人に一人が肝臓癌で亡くなっているわけです。(肝癌は男性の第3位、女性の第4位の死亡原因です) b.がんが恐れられる理由 がんはどうしてみんなから恐れられるのでしょう。それは心疾患も、脳血管疾患も勿論恐いですが、がんでは手術療法や放射線療法を駆使しても転移したりして苦しみ、何と言っても痛みながら亡くなっていくイメージが我々に植え付けられているからではないでしょうか。確かに年間30万人以上の方々が闘病の甲斐なく亡くなられる事実には重いものがあります。当院でも肝癌で亡くなられる方が年間10〜20人ほど居られますが、長く患者さんを診させていただきますと極めて稀とされる現象に出くわすことがあります。それが今回の話題である自然に小さくなった肝臓癌の経験でした。生命現象にはまだまだ十分に解明されていないことが多いのです。 |
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2.自然に小さくなった肝臓癌の症例の紹介 | |||||||
【症例 1】 70代の方 C型肝硬変の経過観察中に肝臓癌の診断にて手術を受けた。その後腫瘍マーカーの再上昇を認め、CT検査にてリンパ節に3pの再発腫瘤を認めた。再切除を考慮したが、まだ治療をしないうちに腫瘤は退縮しCT上も認められなくなった。(図1)
【症例 2】 70代の方 C型肝硬変の経過観察中に肝臓癌の診断にて手術を受けた。その後複数個で再発した。認知症症状の増悪がみられたため、十分な治療は出来ずに自然経過観察をしていた。再発病変は最大径4p以上であったが、約1年後には著明に縮小した。(図2)
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3.肝臓癌が小さくなった理由は? | |||||||
結論から申し上げますと詳細は不明でした。しかし、従来からこの稀な現象の報告がされてきました。がんの6万〜10万例に1例程度の頻度と言われております。その機構は、以下の2点が提唱されてきました。 a.虚血性障害(血液が回らないこと)による腫瘍の壊死 b.免疫の賦活(体を外敵から守る機構が強くなること) これらに上記の2例を当てはめますと、症例 1の方はリンパ節の転移巣の縮小であり、免疫の賦活による縮小が考えられました。一方、症例 2の方は抗ガン剤の近くの病巣の著明な縮小であり虚血性障害による腫瘍の壊死が考えられました。 国内外からは肝癌が自然に縮小したとの学術報告が30例以上ありました。その多くは究極の原因は不詳としておりましたが、やはり虚血性障害や免疫の賦活が提唱されておりました。 |
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4.何を学ぶべきか? | |||||||
当院は創設以来、学会や学術誌への発表を通じて日常診療の成果を形に残しながら歩んで参りました。その中で御本人達にとって幸運であった今回の経験からはどのようなことを学べばよいのでしょうか。以下に箇条書きにしてみました。 a.生命現象の理解は一筋縄では行かない面がある。稀な現象を経験して、人間、生命現象の厳粛さ奥の深さを一層の慎重さと敬意をもって理解に努めていく必要がある。 b.年間に約3万人強の方が亡くなる肝癌にあっては、日本全国では2〜3年に一人程度の肝癌の自然縮小現象が見られる可能性がある。(6万〜10万例に1例程度の頻度から計算)一方で、他の大部分の方々は治療しない場合にはがんが大きくなり生命を脅かす可能性が大である。 c.このように自然にがんが縮小した方々がたまたま健康食品のようなものを摂取していた場合に、効能の宣伝に大きく悪用される可能性がある。先にも述べたように多くの方は治療しないとがんの増大を招くので科学的な根拠のない健康食品の宣伝には騙されないようにする必要がある。 これら以外にも読者の方々がそれぞれに感じることがおありかもしれません。稀な現象を2例経験することは、当院の経験症例数が全体として多いことがまずあるのだと言うこともご理解下さい。えへん! 今後も患者さん方の信頼を得られるようにして(慢性疾患の場合には)、長く多くの方々を診させて頂けるように病院、診療所あげて努力して参ります。 |
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(小島 眞樹) |