プリオン病といっても縁遠い方が多いでしょうが狂牛病あるいはBSE、伝達性海綿状脳症(TSE)というと今日の食の安全に関わるホットな問題として身近に感じられるでしょう。BSEはウシにおきたプリオン病の呼び名です。 | |
プリオン病の種類と種の壁 | |
そもそもプリオン病はヒトでも毎年、人口100万人に1人の割合で発症するクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)があり、遺伝性と孤発性とがあります。50歳以降で急速に進行する痴呆と体の平衡障害で一年足らずで死亡します。また、20世紀前半までニューギニアで人肉を食する習俗により起きるクールー病、医療現場で乾燥脳硬膜を使用したり、角膜移植、脳波の電極埋め込みなどを介して発症する医原性(感染性)CJDがあります。 家畜のプリオン病は250年まえから知られているヒツジのスクレイピーがありますが、自然界には種の壁があり、これまでは他の種の動物に伝搬することはありませんでした。 |
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イギリスでBSEの発見 | |
1984年4月背中が奇妙に曲がって体重が減ったウシがイングランドの農場で発見され、つぎつぎと5頭のウシが同じ症状で間もなく死んでしまいました。病死したウシの脳を調べるとヒツジのスクレイピーの脳のように海綿状にたくさんの小さな穴が空いていたのでした。1986年11月イギリスでこれをウシ海綿状脳症(BSE)と呼び観察を開始しました。発病するウシは毎年一万頭ずつ爆発的に増加し15万頭以上になり、大きな社会問題になりました。 | |
共食いの餌 | |
イギリスでは1970年代からウシの発育を促進するために屠殺した家畜の可食部分を除いた脳や脊椎、内臓、骨の他、病気で死んだヒツジやウシの肉を乾燥粉末(肉骨粉)にして、飼料に混ぜてウシに与えるようになっていました。この飼料で育てられたウシのなかからBSEが発生したのでした。病気のウシの肉骨粉入りの飼料がBSEの原因であることが明らかとなり、これの使用を禁じることで、イギリスでは1992年をピークにBSEの発症は減少に向かっています。同じ事情で、キャットフードからネコが感染したネコ海綿状脳症、伝達性ミンク脳症が発生しています。ヒトのクールー病をはじめみんな共食いから起きてきたのでした。その後、BSEはヨーロッパをはじめ各国で発症を認め、日本では2001年最初のBSE感染牛がみつかり、今年の1月に22頭目が報告されています。 | |
ヒトへの感染 | |
ところが、イギリスで1994年、ヒトで、これまでのCJDと異なり、若年で発症し、痴呆ではなく精神症状ではじまるCJDが認められ、変異型海綿状脳症(vCJD)と名付けられました。vCJDの患者の疫学調査で患者は脳、脊髄を肉とともに一緒にミンチした安い肉を若者が食べていたことが共通点として浮かび上がってきました。日本でも2005年には懸念されていたヒトの感染が、イギリスに滞在歴のある女性に認められました。 遺伝子をヒトに似せてつくったマウスにBSEとvCJDの材料をそれぞれ接種して、発病させると、潜伏期間も、臨床症状も、脳の病理組織所見も全く一致したのでした。また、BSEのウシの脳を摺りつぶして2頭のチンパンジーに食べさせたところ1頭がvCJDに罹りました。BSEが種の壁を越えて霊長類に感染することがわかりました。BSEとvCJDとの関係は、基礎的実験から議論の余地がないものになりました。 |
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牛肉事情 | |
BSEは異常プリオンの感染によって起こります。屠殺したウシの肉は用途別に梱包され出荷されます。食用の肉ばかりではなく食用にしない部分も血液は香水、耳毛は絵筆用といった具合にウシの鳴き声以外は全部売り出されています。この過程で異常プリオンが混入されるおそれがあります。しかし、脳、脊髄、小腸-ことにリンパ組織の多い回腸、扁桃などプリオンを含んでいる臓器を取り除けば、安全であることが分かっていますから、肉をきめられた手順で処理すれば感染の危険は限りなく0となります。 | |
検査は厳格に | |
日本の研究者の努力で日本では屠殺される全部のウシについてBSEの感染の有無を複数の検査法を使って確認しています。発病しない初期の感染も見つけだせるのです。その上でさらに危険部位が除去されて出荷されています。厳格に過ぎるという批判がありますが、未だに全容が分からない現在はこのような検査をおこないながら安全を確認し、学問的に問題のない検査基準が必要です。それでも、アメリカは日本のBSEの発症と同時に日本からの牛肉の輸入を禁止しています。 多くの国がウシのBSE発症をみている中、年に一億頭を飼育するアメリカで発症がみられなかったことで、アメリカからの輸入牛肉は安全であるとされていましたが、2003年一頭が発見されました。これにより日本、韓国、中国など十カ国以上がアメリカからの輸入を禁止する処置をとっています。アメリカには本当にBSEはなかったのでしょうか。病気のウシだけの検査で全頭の検査をしていません。探さなければ見つかるわけもありません。一定の数を検査して感染の状況を推測すればよいのではなく、頻度は低くとも命に関わる危険があるのですから、これを除去しなければなりません。 |
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輸入牛肉の部位 | |
日本がアメリカから輸入している牛肉は丸ごと一頭ではなく、アメリカではミンチやハンバーグにしているショートブレッド=バラ肉で、全輸入の60%を占めます。日本ではこれを牛丼、カルビに使っていました。もう一つはアメリカではペットフードに使っている内臓でわが国では焼き肉にも供されています。ほかに牛タンは36000屯でウシ2400万頭分です。 アメリカからの牛肉輸入禁止で、オーストラリアからの輸入が増え、国産牛の生産も増加したので、日本の消費者にとって肉不足という逼迫感はありません。 昨年、アメリカはアメリカにはことのほか従順な小泉政府に圧力をかけ輸入再開に漕ぎ着けたにもかかわらず、早速に危険部位の背骨を排除しない牛肉や日本の業者の要請とはいえ、協定にない内臓、舌を送りつけてきました。 |
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規制緩和での利益追求 | |
アメリカの食肉の80%は4つの大会社で扱われています。巨大な食肉処理工場内でかつてはベトナム難民、いまはメキシコからの移民、密入国者が劣悪な労働条件ではたらかされていることは周知の事実です。アメリカでは、以前は牛肉産業の業界団体「全米牛肉協会」の広報担当者が、アメリカ農務省の広報担当者に就任し、今度は陳情する立場から、陳情を受け、決定する立場でいるわけですから、安全強化策に抵抗している業界の立場を擁護し、食の安全が二の次にされているのではないかと疑問があります。こうして、利益を追求する業界はすでに行政からの規制を骨抜きにして、小泉政府が手本とする、規制緩和、市場主義が完結した姿をこのBSE問題でみることができます。抜本的な安全対策を期待することはでません。 今、われわれは牛丼を食べたいから、売りたいからと輸入再開を望むのではなく、アメリカがきちんと安全策をとるよう要望しなければならない時期です。個々の消費者は弱い存在ですが、食の安全を提起し、危険なものは買わないとすれば、いかな大会社も真剣に社会的責務を果たすことでしょう。 |
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(相川 達也) |