飲酒はC型肝炎を悪化させる
 C型肝炎ウイルス(HCV)に感染している人たちの長期の予後について一般にHCVに感染すると20年で肝硬変症、30年で肝癌と粗っぽく云われています。しかし、もっと詳しいデーターはどうなっているのでしょう。1998年に報告された飲酒をしない人と較べた飲酒の影響についての調査があります。それによると飲酒をしない人がHCVに感染してから肝硬変症に移行する頻度は10年目で6%、20年目で12%、30年目で31%、40年目で40%です。この調査は、飲酒をしない人がHCVに感染するときの肝疾患の進行についての病気の自然史を明らかにしたと言っていいでしょう。これに対して飲酒者での肝硬変症の頻度は10年目18%、20年目58%、30年目64%、40年目85%と極めて高率です。HCV感染者にあっても至極普通に飲酒習慣を持っていて、C型肝疾患の治療において飲酒者にどう対処するかは大きな問題です。
インターフェロン治療では飲酒者は除外されていた
 1997年に発表されたアメリカNIHのインターフェロン治療の指針では治療を勧めない事例として正常GPT、非代償性肝硬変、顕著な飲酒者と薬物乱用者です。一般に飲酒者の治療は6ヶ月以上前から禁酒ができた人にのみおこなうとしています。医師は経験的に飲酒者の治療成績が悪いであろうと考えていますから、治療することはなく、これまでは多数の飲酒者のHCV感染者についての治療成績はありませんでした。従って、これまでのインターフェロンの治療成績は選り抜かれた患者を周到に管理して出された成績で、こうした状態での最近のペグイントロン、レベトールの治療後6ヶ月のウイルス消失率は60%に達しています。しかし、選択を厳しくすることで、治療から除外された感染者を放置するわけにはいきません。除外された人たちの治療成績が知りたいところです。
飲酒者の問題
 慢性的なアルコール使用のもっとも重大な、破壊的影響はアルコール依存です。典型的なアルコール依存者の特徴は危険な状況にあっても飲酒を続け、責任を全うする能力が欠如してしまい、人間関係や健康にネガティブな影響をもたらします。ここに至る前に飲酒の初期から依存傾向は見られます。アルコール依存と飲酒量、ことに一度に大量の消費をする状態とは強い関連があります。アルコールに関連する精神的問題は単に消費されるアルコール量によりません。どのような状況にしろ飲酒を続けていると治療を忍耐強く続けられず、治療効果が低いといった問題が予想されます。
飲酒者の肝炎治療
 2006年アメリカの在郷軍人を対象に飲酒がHCV治療にどんな影響があるかを広範に調査した報告がでました。非飲酒者と酒量の少ない飲酒者、大量飲酒者、合計726名の患者を対象にペグイントロンとレベトールの治療をした成績です。
この調査は1999年から2001年の間にHCV抗体陽性と登録された在郷軍人4061人について、アルコールに関する詳しい情報が収集され、986人(24.2%)が治療の候補としての条件を揃えていました。そのうち726人(17.9%)の治療が開始されました。
治療の候補にならなかったものは、最近、あるいは現在何らかの依存状態にあるもの(20.2%)、精神疾患のあるもの(18.3%)、合併症のあるもの(17.9%)です。
残りは治療候補になりましたが自発的に辞退したり、治療を延期したりして、やがてスケジュールから脱落していきました。また、治療開始したもののうち28人がエイズウイルス(HIV)に感染していることが判明しました。
在郷軍人であるから男性が96.6%を占めていますし、人種は白人、黒人、ヒスパニック、アジア系など様々です。
感染期間は平均25.8年で、感染時年齢は23.3歳でした。
対象者の平均体重は91.9キログラム(±18)でBMI(体重s/身長mの2乗)は29.3(±5.2)でわれわれ日本人の体格とくらべ肥満者が目立ちます。患者の76.8%がヴェトナム戦争時代の軍人で、感染経路は60%が注射による薬物乱用(IVDU)でした。
治療対象者の37.3%は進行した肝線維化の目立つ慢性肝炎か肝硬変でした。74.8%の治療対象者で感染ウイルスの遺伝子型は1型でした。治療を勧められて治療を受けた人と、受けなかった人とで感染の背景には差は見られませんでした。ここでくどくど治療対象者の背景を見てきたのはアメリカでのHCV感染状況の一端を知るための参考になると見られたからです。
飲酒者が584人、非飲酒者は142人でした。飲酒者ではIVDU、コカイン使用、投獄歴が僅かに非飲酒者より多く見られました。
最近一年間に飲酒していた群で治療開始後中断する事例が多く見られました。
インターフェロン治療終了時ウイルス消失率(ETR)
 非飲酒者 32%
 飲酒者 30%
治療終了6ヶ月以上での継続したウイルス消失率(SVR)
 非飲酒者 20%
 飲酒者  18%  
治療中断率
 非飲酒者 26%
 飲酒者  44%  
 過去に飲酒していても、治療が完結できていれば治療効果には関係ありませんでした。しかし、治療を中断する例が飲酒群で明らかに多く、治療を続けていく上で、結果的に飲酒者の治療に問題を残してしまいます。
飲酒者を含めてのこのインターフェロン治療成績は過去に多くの報告がETR 50?61%、SVR36?47%であるのに較べ劣っています。これはこれまでの治療成績は飲酒者を除外し、よく管理された選ばれた患者を対象とした理想的な成績であったといえます。
報告者が云うようにThe real world(現実世界)のデーターとして私たち第一線の医師の関心をひくものでした。現実世界では飲酒ばかりでなく、労働条件、転勤、経済状態、加齢、肝臓以外の疾患の合併等々たくさんの障害があります。治療成績を上げるために、今後、われわれはこの現実世界の患者さんたちと向き合って治療をするわけですから、治療を続けるように励まし、必要なサポートを考慮すべきであると考えています。

(医師 相川達也)