当院の院長荒崎医師が国際シンポジウムで招待講演をしてきました。事前に院内で我々職員にも講演していただきました。映し出される資料はもちろんすべて英語、講演は日本語でお願いしましたが、どちらにしても専門的なお話のため講演の雰囲気を味わう程度でしかありませんでした。帰国された荒崎医師に当院で初めての海外招待講演の報告をしていただきました。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8月18-20日、アメリカ合衆国ユタ州ソルトレークシティ近郊のスノーバードにて開かれた表記シンポジウムに招待され自分の研究成果について講演する機会を得たので報告する。 15日夕方に成田空港を飛び立ち9時間の快適な飛行の後、サンフランシスコに到着した。ここは私が研修医として5年間を過ごした場所であり、研修時代を共に過ごした友人達が医師として働いている。リオン医師もその一人で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)での研修中に知り合った。現在、彼はサンフランシスコ市内のセントフランシス病院およびUCSF附属病院と契約し、自分のオフィスをかまえる感染症専門医である。午前中、彼のオフィスに訪れた6人はエイズ、結核、ブルセラ症、マラリアなどを患い、治療が困難なために一般医より紹介された患者さん方であった。この日の午後、彼は契約病院を回った。彼は各々の病院と契約し、入院加療が必要な自分の患者さんをそこに送るのみならず、院内で他の患者さんに関する紹介診療にも応じるのである。 翌16日、サンフランシスコからユタ州ソルトレークシティへ向かった。ここは2002年冬季オリンピックの開催地として有名だが、その発展の歴史をアメリカ開拓時代にさかのぼるユニークな街としても知られている。19世紀、ブリガム・ヤングという指導者を得たモルモン教徒が東部での迫害を逃れてこの地にたどり着いたのが、この地の発展の始まりとなったからである。ソルトレークシティ空港から学会場のスノーバード・クリフロッジまでは50分ほどのドライブだった。 今回のシンポジウムは6年前に開かれた前回のシンポジウムですでに開催が予告されていたため、私と同様に前回から参加している研究者が目立った。主催者のユタ大学神経内科ブロムバーグ教授をはじめ、メイヨークリニック神経内科 ドービ教授、ニューヨーク大学神経内科 シェフナー教授、アルバータ大学(カナダ)神経内科ブラウン教授、エラスムス大学(オランダ)神経内科 ヴァンディク教授、リエージュ大学(ベルギー)リハビリテーション科 ワング教授などの参加者達は、筋電図学の分野で世界のトップに位置する研究者である(写真1)。さらに、全員が自分の最新研究データをもって集まったこともこのシンポジウムの魅力であった。 今回シンポジウムを主催したブロムバーグ教授から、私は脳梗塞におけるMUNEの変化について講演するよう依頼を受けていた(プログラム)。そもそも、MUNEは脊髄に存在する下位運動神経細胞数を推測するものであり、その変化はこれらの細胞やその突起である運動神経線維の状態の変化を示すと考えられてきた。MUNEが脊髄より上位の脳機能障害によって変化する可能性を指摘する研究データも散在的に発表されてはいたが、方法論的問題点が多いため一般には受け入れられていなかった。私の研究ではこれらの方法論的問題点を解決した上で脳梗塞によってMUNEが減少することを確証し、さらにその機序についても考察した(写真2)。 私のもう一つの発表テーマであるMUNEを用いたALSの進行予想は、私がMUNE研究を始めるきっかけとなったテーマである。今日、全ての新薬の薬効調査(治験)では、投薬群と非投薬群(プラセボ群)との間で病状の変化を比較することが必要とされている。しかしALSを対象とした治験の場合、患者数が少数であること、病気の自然経過が悪性である(発症から3年間に患者さんの約半数が死亡)ことの2つの理由により、プラセボ群への患者さんの割り付けが困難である。もしALSの自然経過をMUNEにより予想することが可能であれば、薬効はこのMUNEの進行予想値と薬剤投与後のMUNE実測値を比較することにより判定できる可能性が生まれる。今回の研究では、自ら開発したMUNE算出法を用い、個々の患者について3ヶ月の観察期間に得たMUNEから回帰曲線を導き、6ヶ月後のMUNEを予想した。さらにその後の経過を追跡し6ヶ月後の実測値を求め、予想値と比較した。その結果、症例数を70以上にすれば0・9以上の検出力でMUNEの予測値と実測値を同等とみなせるという結論を得た。したがって、ALSを対象とする治験でプラセボ群を設ける必要がなくなり、治験実施が容易になるという可能性が現実的になってきた。 19日夕方のセッション後スノーバードを後にした。ソルトレークシティに1泊した後、20日朝ソルトレークシティ空港から飛行機に乗りサンフランシスコを経由して、21日月曜日夕方に成田へ到着した。今回の渡米は講演目的であり、他を見る余裕がなかった点は残念だったが、所期の目的は十分に達することができた。 |
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【写真1】講演する荒崎医師 | 【写真2】世界のトップに位置する研究者との会食 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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プログラム | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(医師 荒崎圭介) |