今回は理解するのに少し難しい話題です。なぜなら、医学知識と法律知識の両方が必要だからです。
1.予備知識
備知識として3点ほど挙げておきます。
『医学的予備知識』
(1)一般的に薬害とは?
薬害(やくがい)とは、医薬品の使用による健康被害が社会問題となるまでに拡大したものを指します。
(2)C型肝炎ウィルスとは
 肝炎の原因となるウイルスのことで、一度慢性肝炎になると肝硬変、肝癌へと進行する危険性が非常に高くなります。血液を介して人から人へと感染します。感染経路は血液を介せばいろいろ考えられるわけで、輸血、静脈注射の乱用・刺青、不適切な滅菌法による医療行為が言われてきました。それ以外にここでは血液製剤(血液凝固因子製剤)による感染が問題になっています。
 『法律的予備知識』
(3)法の不遡及(ふそきゅう)の原則
実行時に適法であった行為を事後に定めた罰則により遡って処罰すること、ないし、実行時よりも後に定められたより厳しい罰に処すことは禁止されています。これは近代刑法における原則です。事後法の禁止(じごほうのきんし)あるいは遡及処罰の禁止(そきゅうしょばつのきんし)とも言います。
2.主な戦後薬害事例
戦後の薬害事例
1948 百日ぜきワクチン事件
ジフテリア注射禍事件
1956 ペニシリン事件
1957 サリドマイド事件
1970 スモン(キノホルム薬害)事件
1984 薬害エイズ事件
1993 ソリブジン事件
1997 薬害ヤコブ病

 戦後の主な薬害事件を列挙すると薬害C型肝炎の被害者と併せて軽く数万人を越えるであろうと言われています。
 いよいよ本題です。

3.薬害C型肝炎では、何が問題になっているか
(1)薬害の生じた時期、製剤
 1964年から1994年まで、大きな出血への対処方法として血液製剤の使用が認可されていました。これによりフィブリノゲン製剤や第9因子製剤が製造販売されていました。製造元は当時のミドリ十字社と日本製薬株式会社でした。この間に、これら製剤を治療行為の一環として使用された人々の数は約29万人に上り、この製剤にC型肝炎ウィルスが混入したことによる感染者は約1万人以上と言われています。
(2)C型肝炎の発見時期
 C型肝炎ウイルスは、それまで非A非B型肝炎と言われていた肝炎の原因として1989年に発見されました。翌1990年からは日本赤十字社の努力で輸血血液中のHCV抗体測定が全世界に先駆けて始まりました。以後は測定方法の改善が進み、かつて約10%みられていた輸血後肝炎は著しく減少して現在に至っています。
(3)薬害C型肝炎の争点
 1989年にC型肝炎ウイルスが発見されたのなら、それ以前にC型肝炎ウイルスを血液製剤から除外するのは困難なはずです。ですから現在の知識で過去を裁こうとしてはいけないわけです(不遡及の原則)が、薬害C型肝炎の裁判では以下の論理によって国と製薬会社の責任が問われています。
 (a)そもそもフィブリノゲン製剤では止血効果に疑問があった。
 (b)使用後の(血液製剤を使用された後の)肝炎の危険性が非常に高く、アメリカ合衆国ではFDA(食品医薬品局)により1977年にフィブリノゲン製剤は承認が取り消され販売中止になっていた。
 (c)これらの知識を有していたにもかかわらず、国は同血液製剤の販売中止などの措置を講じず、感染症の予防責任を十分に果たさなかった。また、製薬会社も積極的に危険情報を関係医療機関に提供しないなど、適切な処置をしなかった。危険情報が流されなかったことから、血液製剤が不適切に使用され、本当に血液製剤の投与が必要であった人以外にも多く感染し、被害の一層の拡大につながった。

 上記を主な争点として、2002年10月東京地方裁判所を皮切りに、大阪、福岡、仙台、名古屋の合計5地方裁判所に損害賠償請求訴訟が提起されました。
(4)今までの地裁の判決要旨から
 2006年6月大阪地裁判決、同年8月福岡地裁判決、本年3月東京地裁判決が言い渡されました。
各地裁判決では少しずつ表現、認定範囲が異なりますが以下に大約を記します。
 (a)C型肝炎(非A非B型肝炎)は重篤な疾患であり医薬品の副作用としては看過し難い疾病である。
 (b)フィブリノゲン製剤は、その使用数から本来の適応疾患を遙かに超えて使用され、単に止血のみのために使用されていた症例が多かった。
 (c)医薬品の副作用被害が現実に発生している局面においては、最悪の事態を想定し、被害の拡大防止を最優先した危機管理対応が求められる。これは国においても自ら積極的に必要な情報を収集、分析、検討し、対策を決定する必要があったことを意味する。今回のフィ
ブリノゲン製剤の件では国の対応は違法と言わざるを得ない。
 (d)国、製薬会社から医療現場に適切、かつ十分指示・警告がなされなかったので漫然とした使用につながり、一層被害を大きくした。さらに、東京地裁では以下も認定されました。
 (e)第9因子製剤についても会社の責任を認めた
4.今後の課題
 今の知識で過去を断ずることはよくありません。過去には輸血で救命された人も数多くいたはずです。しかし、FDAといった世界的にも定評のある機関が販売中止をした製剤を、日本がその後17年にもわたって使用し、そのことでC型肝炎に感染した方が約1万人以上存在することは事実です。その薬剤を投与しなければ命がないような場合にはあるいは仕方がなかったのかもしれません。しかし、効果自体に疑問があるような薬剤を使い続けられるままにした日本の医療行政に責任がなかったはずはないと思います。各地の地裁判決は原告、被告双方が控訴し、高裁で争われることが当面は続くようです。いずれにしても被害者の救済が後回しにならないように、弱者救済が早期になされますように祈ってやみません。
(医師 小島 眞樹)