どうしてC型肝炎は多いのか | |
我が国の1999年度に初めて献血したひとのC型肝炎ウイルス(HCV)抗体陽性者の年齢階層別頻度をみると、60才以上では2.4%で、20才代の12倍となっています。HCVの感染者が高齢化していることがわかります。これは、世界的に見ると、イタリアが似たような状況にあります。他の先進諸国では、HCVは30〜40才代でピークとなっていて、同じ疾患でありながら、地域により、C型肝疾患の抱えているテーマが異なります。我が国やイタリアでは慢性肝炎から進行した肝硬変、肝ガンの対策が焦眉の問題です。これは、かつてHCVに汚染された血液や、血液製剤を長期に大量に使用していたことと、何回も注射針、注射筒を使い回ししていたこと、一つの注射液の入った瓶から、おなじ注射針で吸引して注射をしていたことなどの不潔な医療行為が続けられたことにより、感染者が増加したためです。 不潔な医療行為は敗戦後の経済状態が関係し、おなじ敗戦国のイタリアもおなじ問題を抱えてきたわけです。 |
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特殊な我が国の問題 | |
しかし、汚染した血液や、血液製剤を長い間使用して感染を広げたのは我が国特有の問題です。中でも、今日、毎日のニュースになっている、汚染フィブリノーゲンの使用は、このために肝炎になった患者さんにとっては、許せない、業者と天下り官僚によってもたらされた、本来あってはならない防ぎ得た障害であります。フィブリノーゲンの使用による患者数は、製薬メーカー(ミドリ十字社)の売り上げ数から推定して20〜30万人とみられます。欧米でも汚染されたプール血清から肝炎を発症した事例がありましたが、すぐに、投与を受けていた人を登録し、経過観察が徹底されています。我が国のような、今になって、投与の有無の認定問題が起きたのは、メーカー、当局が真摯に血液製剤の危険性を認め、対処していなかったからです。投与されたひとの中には、重症で使用されている場合は、その時点で、救命されることなく死亡された患者さんも多いので、主に、婦人科処置で投与された方々が、現在、肝炎で苦しまれているわけです。今のフィブリノーゲン製剤以前に、おなじ会社のミドリ十字は1955年朝鮮戦争で大量につかわれたプールした血清から乾燥人血漿を作り、市場に出していました。これを使用して、多くの肝炎患者が発生したのでした。この問題は当時の内藤社長が責任を認め、陳謝しています。この時点でプール血清の危険性は認識されていたはずであります。 | |
怠慢だった血液行政 | |
一方、なぜ、日本は先進国の中でC型肝疾患が多いのかを考えるとき、フィブリノーゲンではなく、輸血をうけて血清肝炎になった方々、あるいは覚醒剤の回し打ち、刺青などで感染した方々は、更に多く、献血者の抗体陽性頻度から導いた数では90万人前後と計算されます。しかし、健康者が多い献血者は必ずしも、日本人を代表する数値の基礎にはなり得ないので、実数は更にこの数倍に上るとみられ、患者数は少なく見積もっても150万人と推定されています。戦時から、敗戦、朝鮮戦争を経て、経済発展した我が国の肝炎多発の問題については、血液行政、公衆衛生がどうであったか検証されるべきであります。朝鮮戦争での負傷者の治療に輸血が盛んにおこなわれたことから、我が国の外科でも血液が盛んに使われるようになり、血液需要は伸びる一方になりました。この需要を支えたのが、覚醒剤常用者からの賣血でした。私立の血液銀行が全国各地にでき、暴力団の資金源にもなりました。この血液を輸血すると50%近くのひとが肝炎となり、黄疸もみたため「黄色い血」として社会問題になりました。これを報道した読売新聞の記者が暴漢に襲われる事件がありました。賣血の問題点が明らかになっていたのにもかかわらず、献血制度への切り替えは遅れたままでした。1964年、アメリカのライシャワー駐日大使が暴漢に足をさされた際に受けた輸血から肝炎を発症し、政府はあわてて賣血から献血制度に血液行政を転換したのでした。その後、大使は長い肝炎との闘病の末、肝硬変症で亡くなっています。献血制度も、フィブリノーゲン製剤の使用停止も遅れ、たくさんのC型肝炎の患者さんをつくってしまったといわざるを得ません。 | |
公衆衛生視点の欠如 | |
HCVは医療行為だけではなく、覚醒剤を回し打ちすることや、入れ墨で感染します。このような感染経路で肝炎になった患者さんも少なくありません。我が国では敗戦後まで、覚醒剤は一般薬局でも買うことができ、市民生活にある程度浸透して、薬物中毒者の増加が問題になり、覚醒剤取締法により、これを非合法化しました。しかし、覚醒剤常用者はいきおい、地下に潜行して、闇で薬を手に入れることとなり、せっぱ詰まった彼らは血を売って、何とか覚醒剤を確保したのでした。西欧諸国が薬物中毒者を地下に追い込むのではなく、注射器具を配って、エイズの感染を防いだように、日本でも薬物中毒者を疾患とみて、警察の取り締まりだけでなく、公衆衛生の面からの対策がとられなかったことで、現在でも、肝炎の感染が続いています。 | |
急がれる救済措置 | |
法的責任論は、素人の私には不得手ですが、日本社会が肝炎対策では、底知れぬ、限りなく黒の環境であった言わざるを得ません。インターフェロンによる肝炎治療に補助を行うのは当然でありましょう。自己責任あるいは自業自得といった目では、肝炎を治せませんし、肝ガンの発症を防ぐこともできません。 私は、長年、肝炎患者さんに接して来て、これまでの我が国の血液行政の故に、こうも多くの患者さんが苦しんでいる実情を知り、早急に救済策を講じるべきだと考えて来ました。 肝炎ウイルスも発見されなかった頃に、かつて日本医師会長であった武見太郎氏が「肝炎は21世紀の国民病」だと語っていました。しかし、肝炎ウイルスが次々、発見され、学問の進歩は早く、一見、20世紀中に肝炎問題は解決したと思われるようになり、武見氏の勇み足のごとくに言う向きもありましたが、今、私たち医師は、日常的に肝ガンと苦戦させられているのが実情です。まさに、国民病としての肝炎が狭い医学の世界だけでは解決できない、社会全体として取り組まなければならないことを皆さんに知っていただきたいと考えます。 |
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医師 相川達也 |