現在、治療をすすめる側として、CHCとして通院している患者さんへの説明が断片的にならざるを得ないことにいつも悩んでいます。これまでも、当院での治療成績は折に触れ、「ひろば」で紹介してきましたが、今回は当院の情報の一つとして、簡単な、しかし正確な知識を患者さんにもってもらうために、メモをまとめてみました。 | |||
【ウイルス肝炎】 | |||
肝炎を起こす肝炎ウイルスにはA,B,C,D,Eの5種類があります。A型とE型肝炎は急性肝炎だけで、慢性化することはありません。 B型は新生児から幼児の時に感染すると10代なかばから、慢性肝炎となります。成人で急性肝炎に罹患しても慢性化することは例外です。D型はB型肝炎に伴って感染する不完全ウイルスで、重症化しますが、日本では極めて稀です。C型は輸血、血液製剤、注射器具の使い回し、覚醒剤の回し打ち、消毒の不完全な刺青、ピアス、鍼治療で血液を介して感染し約8割が慢性化します。性行為でも時に感染することが知られています。 ≪C型肝炎ウイルス(HCV)の遺伝子型≫ HCVは遺伝子として核酸のRNAを持つウイルスです。遺伝子の解析がすすみ、ウイルスの遺伝子型は主としてT型、U型、V型、W型があり地域により、感染している遺伝子型に特徴があります。日本ではT型が80%を占めています。しかし、時代とともに医療行為から覚醒剤、刺青などの比率が高くなり、若い人ではU型が増加しています。日本ではこの二つの型が大部分のため、遺伝子解析をせずに血清型として1型と2型に分類して実用上は支障がありません。しかし、血清型は二つの型の感染があるとき、抗体価が低いときには判定ができないこともあります。 ≪ウイルス量≫ 感染しているウイルス量を測るため、RNA量を測定します。測定の精度をあげるため、幾つかの測定法が提案されてきました。 各測定法の測定範囲を示します(図1)。現在、リアルタイムPCR法がごく微量のウイルスまで検出できる方法として定着してきました。いずれも国際単位(IU)で表示され、リアルタイム法での数字はlogをつけて、例えば6.40gIU/dlと表示、数字は対数の冪数を表します。したがって5から2だけ減って3になればウイルスは100分の1に減少したことになります。測定限界以下でもウイルスが消滅したと判断するのは難しいことで、ハイレンジ法では、定量はできないが、定量限界以下でウイルスが存在するかどうかをアンプリコア定性法で判定しました。それで陰性であっても、限界があり、治療終了後に再発することがあります。リアルタイム法では、定量できないが陰性とはいえない場合(<1.2logIU/ml+)と表示します。これ以下でウイルスが消失したとします。しかし、これでも再発する事があり、肝細胞や他の細胞内や組織内にウイルスがいて、排除されていなかった為と考えられています。
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【インターフェロン治療に関わる事項】 | |||
≪インターフェロン(IFN)≫ ヒトがウイルスに感染すると、体の中でリンパ球や線維芽細胞など、いろいろな細胞でIFNが作られ、また、IFNの産生に関わる細胞によって様々なIIFNがあります。IFNの詳細な作用機序はいまでも解明されない部分がありますが、ウイルスに感染した細胞にとりこまれ、ウイルスの増殖に必要なウイルスのタンパクを作れないようにして増殖を抑え、また、免疫細胞を刺激して感染した細胞を破壊することによりウイルスを排除します。 ≪医薬品としてのIFN≫ 現在、そのなかでIFNα、IFNβが遺伝子操作によって細菌や細胞培養から、大量に生産され、ウイルス肝炎治療薬として用いられています。 1990年代初めに使われたIFNhは期待に反して、ウイルスを排除し、肝炎を終熄できたのは5%前後でした。そこで、治療成績をあげるため、IFNが長時間体内にとどまるようにして、高分子化合物(ポリマー)であるポリエチレングリコール(PEG)をIFNに結合させることにしました(ペグ化)(商品名:ペグイントロン、ペガシス、両者のPEGの分子量がペグイントロン12KD、ペガシス40KDと異なり、効果の発現と副作用の出現には考慮すべき事項であります)。 ≪ペグ化のメリット≫ 高分子になったPEGIFNは注射部位からゆっくり吸収されて血中に移行してゆき、血液内でIFNが酵素で分解される速度はおそくなり、徐々に血中濃度が高まり、約7日間血中にあり、注射は週一回で良いことになります。それで、患者さんはご自分の都合に合わせて、決まった曜日に注射を受けることになります。治療開始してから8週間ほどで、血液内の濃度が一定に保たれるようになります。 ≪リバビリン(RBV)製剤との併用(総品名:レベトール、コペガス)≫ 以前から抗ウイルス作用があることが知られていたRBVは単独では肝炎ウイルスに効果が少なかったのですが、IFNと一緒に使うとIFNの効果が向上することが知られるようになりました。 ≪RBVの作用機序≫ RBVは内服薬で、小腸上部で吸収され、食事のあとの方がよく吸収されることがわかっています。吸収されたRBVは肝細胞に取り込まれ、リン酸化という過程でRBV三リン酸となり、ウイルスがこれを取り込むとウイルスの核酸(RNA)の合成ができなくなり、ウイルスの増殖を抑制します。RBVは肝細胞だけでなく、赤血球や筋細胞にも取り込まれ、ながくとどまって、副作用として貧血をおこしてきます。 ≪IFN治療の実際≫ これまで、IFNの治療期間、投与量、さらにはRBVとの併用、再治療の可否などで多くの紆余曲折がありました。現在は国際的にもPEGIFN+RBVの48週間から72週間投与が標準となっています。治療によるウイルス(V)の反応時期により次のような用語が用いられています。 RVR:4週以内にウイルスが消失すること(早期反応) LVR:12週以上かかってからウイルスが消失すること(遅延反応) EVR:48週の治療終了時点でウイルスが消失していること SVR:48週の治療終了後、6ヶ月間ウイルスの陰性化が続くこと、C型肝炎は終熄したとみなします。 EBR:治療終了時RNA陽性であるが、ALT(GPT)、AST(GOT)が正常であること(真の正常値は10〜20台です) SBR:治療終了後RNAは陽性のままだが6ヶ月以上ALT、ASTは正常値が続いていること NR:全く治療に反応しない 再燃:EVR後RNAが出現し、肝機能も異常になる ≪PEGIFN+RBV治療の成績≫ 標準的な治療で、治癒とみなされるSVRの率はHCVの1型の高ウイルス量のグループで52%、それ以外のグループでは84%となっています(平成20年度厚生労働省大阪大学の資料)。治療成績は統計を取った集団に老人が多いか、男女比はどうかで異なります。 ≪治療に関係する事項≫ 性と年齢 65歳以上の女性のSVRは33%で、65歳未満の女性の56%に比べ統計学的に有意に低い成績です。 65歳以上の男性のSVRは39%、65歳未満は49% ≪RNA陰性化時期とSVR率≫ 12週以内に陰性化:SVRは67% LVR群:SVR28% ≪延長治療(72週)の成績≫ LVRの群では72週まで治療を延長してSVR57%となり、48週の28%に対して有意に向上しました。いまのところ治療開始して36週以上48週までにRNAが消失しても、SVRはえられていません。しかし、最近は38週でRNAが陰性化した場合にでもSVRになったという事例もあり、72週のスケジュールは続けていくべきでしょう。この場合、治療4〜8週でRNA量が治療開始時の100分の1以下に減少していなければなりません。 ≪再燃した場合の再治療≫ 初回治療と再治療 当院の成績では、EVRでの再治療のSVRは71%でした。(ひろば146号) 再々治療 当院では10年間、5回の治療によりSVRが得られたケースもあります。 ≪IFN治療が終了した後≫ IFN治療15年度の肝ガン発生率 SVR群:7.4% 非SVR群:31.5% との集計があります。肝炎が終熄しても5年間は年2回、その後も年1回の超音波検査、CT検査が必要です。 肝疾患に関連しての死亡率 SVR群:1.8% 非SVR群:15.1% |
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【副作用について】 | |||
以下はPEGIFNの副作用をメーカーの出している説明書の表1でみてみます。分子量が大きくなったために、IFNの分布は主に肝臓と血液に限られ、従来のIFN製剤よりも脳細胞への影響はすくなく、精神症状の出現は少なくなりました。また、発熱、寒気、関節痛などの副作用症状が穏やかになりました。言いかえれば、ペグ化されたIFNは大きなPEGの分子に包み込まれるようになっていて、IFNはゆっくりと血液の中に放出されます。このため、従来のIFNで経験された副作用はずっと穏やかになっていますので、当院では副作用を観察する目的で治療開始の時に一泊二日の入院としています。 かつては、治療開始とともに患者さんが悩まされるのはインフルエンザにかかったときのような高熱、悪寒戦慄でしたが、PEGIFNでは38度を越える発熱はあまり経験されません。内服の解熱剤で十分に対応できます。 PEGIFN+RBV治療中、気付かないと重大な結果を招くことがあり、神経を使うのは抹消血液の変化です。白血球の減少(好中球数500以下)、貧血(ヘモグロビン8.5以下)、血小板数5万以下では使用中止を考えるため、原則として毎週、血液検査をして安全を確認します。また、治療中にウイルスは消失したのにALT、ASTの値が正常化しないときがあり、多くはIFNの副作用のためで、治療が終了すると正常値になります。 ≪重大な副作用≫ 稀ではありますが直ちに治療を中止しなければならないのは間質性肺炎です。咳、息切れがあれば医師にすぐ伝えてください。間質性肺炎が起きていたらすぐに治療は中止しなければなりません。もともと、喘息や肺線維症とされている方の場合は治療をおすすめしません。また、治療意欲の低下、抑鬱、自殺を考えるなどの精神症状があるときはうつ病の可能性があり、治療は中止し、精神科の診察を受けます。うつ病ではなくともかなりの患者さんが全身倦怠感、不眠、不安、食欲不振など傍目にはわかりにくい自覚症状があります。また多くのヒトが体重減少を経験します。このような時に薬剤を減量することもあります。副作用であることをよく説明します。 その他、専門医に診察を受けなければならない副作用として、甲状腺機能異常(亢進あるいは低下)、眼底出血(インターフェロン網膜症)、頑固な皮疹として、乾癬などがあります。また、糖尿病の悪化が経験されますので、これらの治療を徹底します。 副作用は治療の中断につながり、結果として肝炎完治の機会を失うことになりますので、何なりと主治医にご相談ください。患者さんが治療を中断しないようにするにはある程度の経験のある医師のもとで治療を開始し、安定した状態で近所のかかりつけの医師に治療をお願いしています。治療を中断する患者さんを少なくすることは医師のつとめです。 治療にはむかない状態は妊娠、重度の心臓病、腎臓病、うつ病、肺気腫などがあります。気管支喘息の患者さんについてはよく相談いたします。 副作用による薬剤の減量や一時中止で、薬剤の血中濃度が低下したり、ゼロになったりしますので、それなりに治療効果に影響があります。多くの場合、治療期間の延長が必要になります。
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当院の治療成績 | |||
2004年12月から2008年12月末までに当院で標準治療(ペグイントロン+レベトール)を開始した症例は202例(男112・女90)で、平均年齢は男56.3才、女61.1才です。初回治療は90例(45%)、再治療は112例(55%)でした。 成績は前述した厚生労働省のデータと同じ傾向になっています。図2は202例の治療の流れです。治療を終了した80例について分析しますと、全体のSVR率は49%で男性と女性のSVR率には差がみられませんでしたが、60才で区分して比較しますと、60才以上の女性のSVR率は低い傾向にあります(表2)。また、ウイルスの血清型については、以前から言われているように1型のSVR率は45%で2型の62%に比べて低い傾向にあります。IFNの既往の有無によるSVR率は既往有りが47%、無しが52%でほとんど差はありませんが、既往歴のある方で、前回のIFN治療でHCVRNAがいったんは消失し再燃した方と、RNAの消失を見なかった無効の方では有意に無効の方のSVR率が低くなっています(表3)。また、治療を開始してからHCVRNAが消失するまでに要した期間によっりSVR率は有意に違いが有り、4週以内のSVR率は100%でいた(表4)。これらの結果より、60歳以上の女性、ウイルス血清型が1型、前回のIFN投与既往が無効、RNAが12週までに消失しない方は効きにくい傾向にあります。効果なしと判定されたNR34例と効果がなく投与を中止した24例のうち、他のIFNやIFN自己注射の治療を開始した方が30例、瀉血や強ミノ治療を開始した方が7例となっています。 また、202例の12月現在の治療状況(表5)において、既に中止・中断例が48例(23.8%)になっています。理由は他疾患発症や怪我が3例、効果がないので中止としたのが24例、来院せずが4例、そして副作用が17例となっています。副作用では、うつ・うつ傾向、発疹、掻痒感が多くみられました(表6)。好中球や血小板の減少、ヘモグロビンの減少はかなりの患者さんで見られる副作用ですが、中止理由に入っていないのは、こまめな減量・増量などでどうにかしのいだものと思われます。ガン予防のための少量長期治療も推奨されています。中止・中断例を少なくすることも大きな課題と思われます。
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(医師 相川達也) |