はじめに | |
認知症は、以前「痴呆」といわれた病気の概念を示す言葉です。2004年厚生労働省の用語検討会で、差別的にひびく「痴呆」から「認知症」への言い換えを求める報告がまとめられました。そこで「認知症」は痴呆に代わる用語として行政分野に登場し、その後、医療分野でも用いられるようになりました。 | |
認知症の定義 〜加齢に伴う記憶力低下との区別〜 | |
一度正常に発達した知能が脳の病気により低下し、生活するうえで支障が出ている状態が半年以上継続しているものを認知症と呼びます。加齢による記憶力低下は認知症ではなく、両者の区別は重要です。一般に認知症の場合、@体験の一部だけでなくその全体を忘れる(例:昨日会った人の名前を忘れるのではなく、その人に会ったこと辞退を忘れる)、A物忘れの程度が徐々に悪化する、B物忘れのために社会生活が障害される、などの状況が生じます。さらに長谷川式知能スケールという簡便な検査も、年齢相応の物忘れと病的な物忘れを区別する一助となります。 | |
認知症の症状 〜中核症状と周辺症状〜 | |
認知症により直接起こる記憶障害、見当識障害、思考力低下などを中核症状と呼びます。記憶障害により、患者さんは直前に見たり覚えたりしたものの名前を忘れてしまいます。見当識障害は、自分のいる場所、日時などが分からなくなるものです。思考力低下は、考えるスピードが遅れ、複数の仕事手順を目的に向かって正しく組み立てられなくなることです。 一方患者さんの病前性格、環境、人間関係などの影響で、うつ状態、幻覚・妄想のような精神症状、徘徊、暴言などの反社会的行動、排泄物への執着などの異常行動がおきることがあります。これらは認知症の周辺症状と呼ばれます。 |
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認知症の原因 | |
認知症の原因の8割は、脳血管障害(2割)、アルツハイマー病(2割)、またはこれらの合併(4割)です。脳血管性認知症は、多発する脳梗塞や脳出血のために生じる認知症です。アルツハイマー病は、神経細胞膜にあるアミロイド前駆体タンパクから生じたβアミロイドが集合して神経細胞の間に溜まり、その毒性により神経細胞が死ぬ病気です。 その他の原因(2割)の中には、非アルツハイマー型認知症(前頭側頭型認知症など)、水頭症、脳腫瘍などの脳自体の疾患、うつ病、甲状腺機能低下症やアジソン病などの全身の内科的病気、さらには医薬品の副作用が含まれます。特に薬剤性認知症には注意が必要で、当院でも睡眠薬、抗不安薬、抗けいれん薬、抗うつ薬、降圧薬による認知症をしばしば経験します。 |
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認知症の診断 | |
認知症診断には、@意識障害が無い、A社会生活が障害されている、B原因となるその他の全身疾患や薬剤使用がない、C頭蓋内に原因となる他の疾患がないことを確認する必要があります。 @Aを確認するため、ご家族からも患者さんに関する情報を得る必要があり、それを参考にして診察をします。Bを確認するにはこれまでの病気を聞き、現在の内服薬を調べ、血液検査をする必要があります。Cを調べるために、頭部CT/MRIなどの画像診断を行います。脳血管性認知症の診断には、既往に脳卒中がなくても頭部画像検査によって過去に脳卒中を起こしていないか調べる必要があります。アルツハイマー病では早期から側頭葉内側の海馬や傍海馬回が萎縮するので、頭部画像診断によりこの部分を正確に評価する必要があります。また、アミロイドの蓄積を示す画像検査(アミロイドPET)が普及しつつあり、これによりアルツハイマー病の早期診断が可能となるかもしれません。脳波検査もCのために重要です。軽度の認知症患者さんの脳波は正常であることが多く、脳波異常を認める場合には認知症以外の全身疾患による脳障害を考えます。 このように、認知症は頭のCTやMRIだけで診断できるものではありません。患者さんの全身状態や服用薬の評価など、医学全体にわたる知識が必要です。そのため、医師会では認知症診療に携わる医師の養成や、認知症の専門診療ができる医療機関の選定を行っています。当院は認知症の専門機関ですので、認知症に関する不安をお持ちの方はどうぞご相談ください。 |
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認知症の治療 | |
認知症の治療には、患者さんの生活環境を整えることと薬物療法の両方が重要です。認知症の中核症状を改善するには、日常生活の中で絶えず脳を刺激する必要があります。一般に良いと考えられる療養環境(静かな場所でのんびり過ごす)は認知症治療にとって最悪な環境です。テレビを見たり音楽を聴いたりする受動的脳活動より、人と話す、将棋を指す、などの能動的脳活動の方がより効果があると言われます。同じ理由で、患者さんが自らの治療に積極的に参加することが推奨されています。 認知症の薬物療法には、中核症状を改善する薬と周辺症状を改善する向精神薬が含まれます。現在、アルツハイマー病の中核症状改善薬は塩酸ドネペジル(アリセプト)のみです。この薬は記憶障害を改善する効果がありますが、アルツハイマー病自体の進行を遅らせとめることはできません。一方、アルツハイマー病の病因自体に作用する薬も開発されつつあります。βアミロイドに対するワクチンは、髄膜脳炎をおこすため開発が中断しましたが、βアミロイドの集合化を抑えるトラミプロセイト(Alzhemed)の治験が進行中です。 |
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(医師 荒崎 圭介) |