高度成長期と呼ばれた1960〜1970年代に、奈良は薬師寺の高田好胤師は人生の案内人であるとして、日常生活における生き方やモラルについてわかりやすい説法を行い、人気を博した。しかし、これに対して、宗教が人生案内的になって、宗教家がまじめに死と向かい合わないから、世間では神秘主義やオカルトが求められるようになって、占い師、スピリチュアル・カウンセラーが大もてである。生き甲斐とは何かは宗教なくしても説けることだ。宗教家は哲学として、「霊的なもの」「あの世論」を人々にきちんと語るべきである。との一文が載っている(「本郷」76号:2008.佐々木広幹「仏教文化における霊とあの世」) 宗教家が死やあの世について語りきれないと同じように、科学としての医学も生命現象の複雑さから、十分に解明されていない課題を抱えている。しかし、こと日常の診療においては、有効と証明された事実を根拠に治療が行われなければならないことは医師の共通した認識である。しかし、世間ではますますサプリメント使用者が増えてきている。サプリメントは治療薬ではないのに、世間では何か効能があるのではないかといった、極めて曖昧な動機で使用されている。良心的な宗教家が悩むように、医師たちも患者さんたちがあやふやな宣伝にのせられ、金儲けの対象になってしまっている今日の現象に責任を感じている。かつては紅茶キノコ、アマチャズル、みのもんたが語る推薦品、アガリクス、クコ、ウコンなどなど、ある意味、昼のテレビにドップリ浸かっていたおばさんたちの素朴な流行品であった。最近は日本の大企業とされている会社がテレビで大々的に格好よく宣伝をして、大きな利益を上げている。儲けたサプリメント屋がマスコミに広告料を払い、うさんくさくともマスコミは何もケチなど付けやしないのである。 |
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1.先ず、広告。テレビ、雑誌、新聞記事等マスメディアを通しての大々的宣伝。 2.癌の患者さんがいるとどこかでききつけて電話でサプリメントの勧誘が頻繁に行われている。親切心から電話をかけるのはごく身近に住む人たちであったり、患者さんの近親者であったりする。マスコミの宣伝を補強する実働部隊として沢山のセールス担当者が隣近所にいる。更に、このセールスはネズミ講的な方式で行われていることもある。 3.サプリメントが挙げている効能はダイエット、糖尿病、血液さらさらといった、注意深く考えればその真贋は判定できるものから、漫然と「体にいい」「癌の予防」など、効果の検証方法が不可能に近い類まで様々である。 4.テレビなどのマスメディアに載る宣伝は、有名人や患者さんを装った中高年男女を使って「腰の痛みが取れた」「膝痛がなおって歩けるようになった」「体重がどんどん減った」等と語らせているが、よく画面を見ると「個人の感想です。効果ではありません」と小さな字で書いてある。実際に効き目が怪しいことの逃げ口上になっている。サプリメントは薬ではないから、薬としての効果を宣伝できないし、実際、効能も安全性も科学的な立証はされていない。誤解されやすい曖昧さが、この種の宣伝の特徴である。 5.サプリメントは一般に高価である。しかし、値段が高いことと、その品物の価値とは関係がない。 人はいずれ必ず死を迎える。死は絶対である。死に対して生物として根源的な不安を持っている。その不安を和らげるシステムとして、人々は長い歴史の中で医療保障、年金制度、生活保障を作ってきた。今、日本人は社会保障を持っていながら、政権にある政治家が自己責任等という無責任な要求を国民に持ち出し、老後の不安、病気の不安、失業の不安が拡大している。生きることの不安が増大し、飽食しているのに、まだ何か不足ではないかと補助手段として求めているのがサプリメント(supplement)の流行である。 日本人は役人たちをはじめとして、カタカナに弱いから、何か素晴らしいことのように感じているが、日本語に直せば補足、追加といった意味である。戦争中は本当に食物がなくなって、さまざまな代用食が子供たちにも与えられた。栄養上問題があるため、肝油が学校の生徒に配られたのである。サプリメントイコール代用品である。 |
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1.必ず、主治医にサプリメントを使っていることを話し、アドバイスを受ける。当院での経験でも肝硬変が悪化したり黄疸になったり電解質の異常やアルカローシスになったり、投薬を受けている血管拡張作用のあるビタミン剤と同じ成分が大量に含まれたサプリメントを同じ医師からすすめられて動悸が激しくなったなど、悪影響の事例は多い。 2.サプリメントをすすめられたら、元来、掲げることのできないはずの効能を語っていないか、眉唾ではないか、しつこく問い直すこと。 3.医薬品ではないから、安全性試験はされていない。体の中でどう処理されているのか、たとえば、口から飲んでもヒアルロン酸などの高分子はそのままでは吸収されないのに、どうして効くのか(医師は関節内に注射する)、副作用はないかを問いただす。説明文書をもらうこと。 4.医薬品ではないから、効能の試験もやっていない。効能をうたっているならば、成績を書いた書類をもらうこと。 5.現代は金儲けが優先され、マスコミもその風潮を助長しているので、テレビが云っていたからと信じないこと。テレビは商業放送であることをしっかり認識すること。 6.健康に不安があっても、何にでも効くと云った怪しげな話に乗らないこと。何か一品で、魔法のように健康を取り戻したり、それが健康増進に役立ったりすることはない。抜本的には薬に過度な期待を持ってきた日本人の薬好きから抜け出すこと。そして、健康不安の根源は、行き詰まっている社会保障制度により、憲法の保障する健康で文化的生活が危機的な状況にあることを正面から受けとめなければならない。サプリメントの流行は日本人の心の病理現象である。この現象には医師としても責任がある。患者さんもこれらに頼ることを止め、新しい健康観を各人で確立する心構えを持ってほしい。医師は健康維持の援助をするために、単に臨床医学の技術を習得するだけではなく、社会保障制度をはじめ関連する学問領域を生涯かけて勉強することが求められている。 |
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(医師 相川 達也) |