2011年3月11日から、もう1年半の歳月が流れたが、この日に起きたことを日本にいる人々は一日も忘れたことがないだろうと思う。地震、津波、東北3県の想像を絶する災害、そして福島第一原発の事故。皆様も、そのころの記憶が鮮明に残っているのではないだろうか。その日の午後2時46分、私は家にいた。日本に暮らしてから、ときに起きる地震に慣れたつもりだったが、こんなに恐怖を覚えたことがないほど激しくて長い揺れだった。我が家では、棚から本が落ちて多少、ものが壊れる以外には何も被害がなかったが、その瞬間とそれにつづいた津波で惜しくも命を落としてしまった人々や、また家を含めてすべてを失った多数の方々のことを考えれば、何と幸運なのだろうと痛感した。
インターネットを利用して即座に情報は世界中に伝わる
 また、我が家では、電気が復旧するまでの2日間は、ゼンマイ式ラジオに頼って外界の様子を断片的に知るほかなかった。しかし、電気が復旧しないうちからもう福島第一原発の様子が深刻だということは次第に明らかになりつつあった。インターネットが一般的に普及する1990年代半ばまで手紙や電話に頼っていた在日外国人は今、全部インターネットを利用して世界中の人々と連絡し、地球隅々のニュースについて即座に知ることができる。日本語ができる外国人は当然日本のテレビや新聞を見て日本や世界のニュースを知ることができる。しかしインターネットを利用すれば、日本の新聞より約1日早く海外の出来事を知ることができるだけではなく、日本国内の出来事について異なった視点からの日本のニュースを英語で見ることと、普段日本のメディアに載らない日本国内の出来事を日本語で知ることもある。
大きな差がある日本と海外の情報
 福島原発災害はその例外ではなく、むしろ私たち外国人(や英語が理解でき、インターネットに精通している日本人も)が地震・津波から4、5日の間に、第一原発の様子について日本のメディアが伝えることと海外からのインターネット情報で伝わる様子の大きいな違いに驚かざるを得なかった。なぜそのような大きな差ができたのだろうか。
その時すでに海外では深刻な事態であることを報道していた
 地震後3日目の午後、我が家の電気が復旧した。早速、テレビを見たり、パソコンを起動してメールを見たりした。海外からのメールが多かったが、ほとんどは「大変なことが起きてしまった!皆無事なの?」と安否を尋ねるようなものばかりだったが、14日からは、福島第一原発での問題に関して新聞やテレビの国内報道とはその内容の隔たりが大きくなった。3月14日に、英国BBCニュースに出たクリス・バズビー博士(Dr. Chris Busby)の画像がYoutube(ユーチューブ)に公開され、その内容は「福島第一原発事故は、チェルノビリ事故より深刻だ。相当の放射性物質が原発から出ているが、その多くが風にのって太平洋上に飛散されている」という衝撃的なものだった。英国では、バズビー博士は反原発活動家としてよく知られ、特に長年日本の原発の使用済み燃料の一部が再処理される、かの有名なセラフィールド(Sellafield)再処理施設[以前はウインドスケール(Windscale)という名前の施設]が放出する核の汚染を研究してきた。3月14日以降少なくとも1カ月の間、バズビー博士のビデオがYoutubeに現れ、日本の報道(つまり日本政府と東電発表)と全く異なって@福島第一原発災害はチェルノビリ事故より深刻だ、A原子炉は少なくとも1機がメルトダウン(溶融)したが、恐らく3機がメルトダウンしているのではないかと、B東京まで危険性の高い放射性物質(たとえばプルトニウムを含む微粒子、いわゆるホット・パーティクル ― hot particle)が風によって飛来し空気中に漂っているということを淡々と語っていた(しかし、バズビー博士のニュース出演の一回目だけがBBCで、その後はロシア系のRTニュースに出演した様子が放送後すぐにYoutubeにアップロードされた模様。つまり「チェルノビリ事故より深刻だ」という発言はBBCに嫌われ、もう2度とBBCから依頼が来ないということだったらしいがその理由は、はっきりしない)。同じニュース番組には、「体制側」の科学者も出演したが「福島第一原発事故は、さほど大変なことではないだろう。スリー・マイル・アイランドと同じように放射性物質が漏れていない、当局が適切に対応しているので、とてもチェルノビリのようなものではないだろう」と述べた。それに対してバズビー博士が「いや、チェルノビリと同程度ですよ」と反駁した。単純に考えると、BBCは必要以上に芳しくない〈一般国民を恐怖に陥れるような、パニックを起こすような〉ニュースを伝えたくないということではないだろうか。しかし、他の思惑もあったかもしれない。それなら、何故最初からバズビー博士の出演を求めたのだろうか?多分人物の背景の研究が不足だったのではないだろうかと思う。

 また、3月17日から同じYoutubeなどに現れたガンダーセン氏(Arnie Gundersen)は、概ねバズビー博士と類似した内容を発表した。ガンダーセン氏は、米国で40年以上原発技師として務め、原発について百科事典のような知識を持った人だ。彼なら、普通のテレビニュースを見ただけで、原子炉の中がどのようになっているのか大体見当がつく。私は、ある程度原発はどうなっているか知っていると自負していたが、ガンダーセン氏の説明を聞けば、いつも「なるほどね」とやはり素人にはここまではわからないなあという感想だった。バズビー博士の前記の3点以外にガンダーセン氏が特に強調したことは、@福島第一原発に起きた深刻な事故は、原子力産業関係者だれもが本気で予想しなかった(そのような事故が起きると信じたくなかった)ことで、対策をはじめから持っていなかったことに困っている(対応能力欠如)ということと、A事故は短時間に収束できるものではなく、場合によっては数十年の時間と莫大な費用がかかるということだった。3月の終わりころには、もはやメルトダウンのこと、福島県の放射性物質による汚染や東京の空気に漂うホット・パーティクルの話などなどについて海外や日本にいる(英語を理解する)外国人は十分知っていた。英語が分かる少なからぬ日本人も福島第一原発災害の真相について次第に目が覚めてきたようだ。
遅すぎる、そして曖昧な日本の情報と海外からの憶測
 しかし、日本のメディアに頼る一般の日本の人々はどうだったのだろう。原子力安全・保安院が福島第一原発事故がチェルノビリと同じ最高のレベル7だと発表したのは4月12日だった。3月11日の地震後16時間以内に1号機はすでにメルトダウンが始まったと東電が発表したのは5月16日だった。福島県と近隣県の放射性物質による汚染度について今でもきちんと認めていない状況だ。福島市や郡山市どころか、東京、会津若松市、仙台市などまで、深刻な健康被害を引き起こす可能性がある放射性物質が雨によって空中から洗い流され、空中にホット・パーティクルが漂っていることに関しては、東電や日本政府はいまだにその潜在的な健康被害、特に内部被曝の危険性を認めようとしない(次回より詳しく説明する)。

 東電や日本政府のこの重大事実の発表遅延を日本人はさほど意識していなかったかも知れないが、海外の人々にとっては、何故当局が重要なこと(しかも皆が知っていること)を1カ月とか2カ月待って遅れて発表するのかと不思議で滑稽なほどだった。様々な憶測がある。@ただちに発表するより、発表を延ばせば延ばすほど一般の国民の反応が小さくなる。A大変なことだとわかりながら、もしかすれば対策がとれるかもしれないので、決定的にダメにならないうちはとにかく発表しない。B何故Aをするかの理由として、一般国民がパニック状態になることをどうしても防ぎたいということ、Cできる限り原子力産業が打撃的な影響を受けないようにする等が考えられる。国内にはそれでいいかもしれないが(まあ、よくないけれども)もうすべての情報が公になっている海外では、東電と日本政府の態度はただ笑いものと人々の目に映るだけである。(次号につづく)